第8回「長期休業を予防する~転倒対策~」


経営リスクとしての転倒災害
替えがきかない経営者ご自身や、会社の要となる重要な社員の方が突然入院する、あるいはまとまった期間の療養を要する病気やケガに見舞われることは、中小企業にとって深刻な経営リスクです。業務の停滞、取引先との関係、従業員のモチベーションなど、影響は多岐にわたります。
前回のコラムでは”がん”を取り上げました。今回は、意外と見落とされがちな”転倒対策”に焦点を当てたいと思います。
増加する転倒による労働災害
転倒によってケガを負い、入院や長期休業を余儀なくされるケースが年々増加しています。厚生労働省の統計によると、転倒による労働災害の件数(休業4日以上)は、26,982人(2014年)⇒36,378人(2024年)へと10年で約1.4倍に増加しています。
この増加の主な要因は、労働力人口の高齢化によるものと考えられています。特に注目すべきは、女性の高齢労働者が転倒災害に巻き込まれるケースが顕著に多いという点です。シニア世代の活躍が期待される中、この傾向は今後も続くと予想されます。
転倒の影響は想像以上に深刻
転倒による負傷は、骨折などの重傷につながりやすく、平均休業見込み日数は47.5日と、実に1ヵ月半以上に及びます。ちょっとした転倒だからと軽く考えがちですが、特に高齢者の場合、骨折からの回復に時間がかかり、さらにその間の筋力低下により、職場復帰までに想定以上の期間を要することも少なくありません。
貴重な戦力である社員が1か月以上も休むとなると、業務の遂行に支障をきたすだけでなく、他の従業員への負担や人材の確保コストが増え、さらには取引先への影響が出てくるなど、経営上の課題は山積します。
会社として取り組むべき転倒防止対策
転倒は個人の不注意や体力の問題ととらえがちですが、実は会社として組織的に取り組むことができる予防策が数多く存在します。対策は大きく「ハード面」と「ソフト面」の2つに分けられます。
転倒の原因の大半は、「つまずき」「すべり」「踏み外し」の3つに集約されます。これらの発生リスクを最小限に抑えるための環境整備が重要です。
段差への対応
まずは職場内の段差を徹底的に洗い出しましょう。可能な限り段差を解消することが理想ですが、構造上難しい場合は、トラテープなどで視認性を高め、注意喚起を行うことが基本です。わずか数センチの段差でも、気づかなければ転倒の原因となります。
床の状態管理
床面の水分や油分は、すべりの最大の原因です。こまめな清掃を徹底し、濡れた状態を放置しないルールづくりが大切です。また、従業員には防滑性能の高い靴の着用を推奨しましょう。靴底の溝が摩耗していないか、定期的にチェックする習慣をつけることも効果的です。
「明るさ」の重要性
対策として特に強調したいのが、照明環境の改善です。暗い場所では、床に置かれた障害物に気づかなかったり、段差を見落として踏み外したりするリスクが高まります。
高齢者の方は特に、暗所での視力や、明暗の急激な変化への順応力が低下しています。倉庫、通路、階段など、普段あまり人がいない場所こそ、十分な照度を確保することが重要です。照度計を使って、職場全体の明るさを測定してみることをお勧めします。一般的に、通路は50ルクス以上、作業場所は150〜300ルクス以上が望ましいとされています。
環境を整えるだけでなく、従業員一人ひとりの身体能力を維持・向上させることも、転倒予防には不可欠です。つまずいても踏みとどまれる、すべってもバランスを保てる、そんな身体づくりを目指します。
転倒予防に効果的なのは、「筋力」「バランス能力」「柔軟性」の3要素です。これらを総合的に高めることで、転倒リスクを大幅に低減できます。
健康経営の一環として取り組む
これらの対策は、健康経営の取り組みとして以下のように位置づけることもおすすめです。
- Plan(計画): 健康課題として「従業員の高齢化と転倒リスク」を設定
- Do(実行): 職場でのエクササイズプログラムを導入
- Check(評価): 体力チェックで効果を測定
- Action(改善): 結果を分析し、次年度の対策を検討
具体的な実施方法
体力チェックには、厚生労働省が作成した「転倒等リスク評価セルフチェック票」の活用がおすすめです。自分自身の転倒リスクを客観的に把握でき、意識向上にもつながります。健康診断の際に合わせて実施すれば、効率的に運用できるでしょう。
職場でのエクササイズについては、厚生労働省が業種別の動画(小売業、飲食店、社会福祉施設用など)を公開しています。始業前の5分間、あるいは休憩時間を活用して、全員で取り組んでみてはいかがでしょうか。継続することで、従業員同士のコミュニケーション活性化という副次的な効果も期待できます。
おわりに
「つまずき」「すべり」は、日常的にありふれた出来事であるがゆえに、あらためて転倒対策を真剣に考える機会は少ないかもしれません。しかし、いざ転倒してケガとなれば、本人の苦痛はもちろん、会社にとっても長期にわたる人材の欠如という大きな損失につながります。
まずは職場を見回して、転倒リスクのある箇所がないかチェックすることから始めてみませんか。そして、従業員の皆さんと一緒に、楽しく予防に取り組んでいきましょう。健康な職場は、“強い企業”をつくります。
医学博士。専門は産業医学と有病者の就労支援。
平成13年産業医科大学医学部卒業、企業の専属産業医の経験を経て、平成20年より産業医科大学 令和4年1月より現職。
※2019年より「産学連携プロジェクト」として、大同生命保険㈱・㈱メディヴァとともに中小企業向け健康経営実践モデル構築のため協働参画中。
