知って得する!産業医科大Dr.による健康経営コラム

第2回「従業員の健康管理を会社が怠るとどうなる?」

コラム2回目は、「従業員の健康管理を会社が怠るとどうなるか」について、示唆深い判例をご紹介します。
ちょっとショッキングですが、ずさんな労務管理と健康管理がひきおこす悲劇と会社が負う責任について、経営者のみなさまに知っておいていただきたい事例です。

~「製造部長くも膜下出血事件」判例より~

ある従業員の方の話です。その方は製造部長を担当されていましたが、職場でくも膜下出血を発症し、亡くなられました。その後の裁判で労務管理や健康管理が不十分だったとして、会社の責任が認められた事例です。


製造部長の主な業務は生産管理で、人員配置や工程期日の管理に従事されていました。部下が帰るまで会社に残ることが多く、恒常的に残業を行っていらっしゃったようです。残業時間は発症の1カ月前は79時間、2か月前は74時間でしたが、発症1年前までさかのぼると、168時間という長時間労働の月もありました。
お盆休みもとれず、正月も元日を除き勤務されていたなか、職場でくも膜下出血を発症し、お亡くなりになった事例です。

健康診断の結果では高血圧を認めていました。しかし、治療はしておらず、さらに本人はタバコを20-30本/日吸っていました。
くも膜下出血は、脳卒中を引き起こす病気です。脳卒中は、症状別に3種類あり、発症割合順に、脳の血管が詰まる「脳梗塞」が約60%、血管が破れる「脳出血」約30%・「くも膜下出血」が約10%を占めています。くも膜下出血の死亡率は25-50% と高く、発症すると命にかかわる病気です。
脳卒中は、高血圧が最も大きなリスク要因で、タバコもそれに続きます。この方は、「高血圧」・「タバコ」という2つの大きなリスクを持っており、高血圧の治療が極めて重要だったといえます。ただ、高血圧は放置され、不幸な結果となってしまいました。会社が健診結果を確認し、本人に治療に行くよう指導し、その結果を踏まえ労務管理を行っていたら、防げた可能性があります。

裁判では、残業がくも膜下出血の発症に繋がり、ずさんな労務管理や健康管理だったとして、会社の責任があったと判断されました。会社がやっていたこととやっていなかったことを下に示します。

会社がやっていたこと

  • 健康診断の実施※
  • ノー残業デイの設置
  • 労働時間の把握

※健康診断は結果に基づき必要に応じて労働者の就労に関する措置(作業の転換、労働時間の短縮など)の実施が義務化されています。

会社がやっていなかったこと

  • 健康診断結果の確認
  • 衛生管理者の選任
  • 衛生委員会の設置※

※常時50人以上労働者を雇用する場合は、衛生委員会の設置や衛生管理者、産業医を選任する必要があります。

不幸な事例を防ぐために、また会社の責任をしっかり果たすためにも、労務管理と健康管理に対する貴社の取り組みを再度見直しいただけたらと思います。

参考URL

公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会 判例検索より ハヤシ(くも膜下出血死)事件

https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/08601.html
筆者紹介
永田 昌子(ながた まさこ)
産業医科大学 医学部 両立支援科学 准教授

医学博士。専門は産業医学と有病者の就労支援。

平成13年産業医科大学医学部卒業、企業の専属産業医の経験を経て、平成20年より産業医科大学 令和4年1月より現職。

※2019年より「産学連携プロジェクト」として、大同生命保険㈱・㈱メディヴァとともに中小企業向け健康経営実践モデル構築のため協働参画中。